メンバー紹介

シゴトびと

林業家 栗本慶一(61)

全盛期

昭和40~50年代、林業が全盛期だった頃。山ではチェーンソーのうなる音や、トラックが行き交う音が響き、活気にあふれていた。「住宅ブームで木材の需要は高く、生産すればいくらでも売れた時代でした」と栗本さんは振り返る。

8人の従業員を雇い、企業的な経営をしていた。注文に合った木を探して山を駆け回り、納期に間に合わせる。山の管理や手入れはもちろん、品質が 良いといわれる苗木を各地から取り寄せては試験場に植えた。「高く売れる木材を求めて利益を追求することが目的でした。自然の中での仕事にもかか わらず、極めて商業的で四季を感じる余裕は一切ありませんでした」。



衰退

しかし、時代の流れはしだいに変わり昭和60年以降、安価な輸入木材に押されて国内林業は衰退の一途を辿る。同時に職人の高齢化と後継者不足で、担い手も激減。拡大造林した山を今までと同じように管理するのはコスト的にも人手的にも難しくなった。だが、維持するためにはひたすら走り続けるしかなかった。

従業員ゼロになった平成元年、栗本さんは山で大けがをした。「これで休める。楽になると正直ホッとしました」と、意外な感想を口にした。山の将来を悩み、疲れもピークに達していた。立ち止まり、考える時間を与えられたという気がしたという。

転機

入院中、思い出したのは昔、ある熟練した杣人(※1)から聞いた言葉だった。「地に育つ杉ほど良いものはない。昔からここに伝わるものが一番だ」。当時20代で、山仕事を始めたばかりの栗本さんに教えた。「その意味がやっと分かりました。探し求めていたものはずっと足元にあったのです」。

朽木に昔から育つのはアシュウ杉といい、雪に強く細かい木目が特徴。中でも栗本さんの山に育つそれは、土質の関係で赤身が濃く美しい。その品質の高さは長年取り組んできた試験場の木が証明してくれた。



温故知新

答えにたどり着いた時、栗本さんの考えは一変した。「これまでは人の勝手で山を利用してきた。これからは山の都合に合わせて人が動こう」。皆伐 (※2)をやめ、択伐(※3)にし、不良品としていた曲がり木や節のあるものも個性として活かす使い方を考えるようになり、人工林を天然林へ移行することを目標とした。針葉樹と広葉樹がバランスよく交じった昔ながらの山だ。



森の時間

確かな目標を掴んだ今、栗本さんは一歩ずつ進む道のりを楽しんでいる。「やるべきことを自然が教えてくれるんです」。森の時間に耳を傾け、身を 任せる。草木、水、生き物、それぞれがつながって形成される大きな森。小さな生命に畏敬の念を感じられた時、人は本当の恵みを手にするのかもしれない。「迷った時は、原点に戻ること。そうすれば、必ず見えてきます」と澄んだ目で笑った。

※1杣人(そまびと):山に木を植えて育て、伐採して運び出す人。
※2皆伐(かいばつ):対象の区画の木を全て伐採すること。
※3択伐(たくばつ):対象の区画から、必要な木を選び伐採すること。

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